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マテリアルズ・インフォマティクス(MI)とは?研究事例や企業の成功例、開発・導入課題を解説
こんにちは。スキルアップAIの東です。私は現在、ディープラーニングを用いてX線吸収スペクトルから化学構造を効率的に推定するという研究に取り組んでいます。
現在、X線吸収スペクトルの測定結果を解釈する際には、第一原理計算という計算手法が多く用いられています。ただ第一原理計算は、とても複雑で計算に膨大な時間がかかります。もし第一原理計算を用いずに、X線吸収スペクトルの測定結果から化合物構造の性質を直接推定できるようになるとすれば、解析時間を大きく短縮することが可能となります。これを実現するための取り組みとして、近年、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)が注目されています。
そこで本ブログでは、マテリアルズ・インフォマティクスをテーマに概要や研究・成功事例、導入時の課題についてご紹介します。
1.マテリアルズ・インフォマティクスの概要
マテリアルズ・インフォマティクスとは、機械学習やデータマイニングなどの情報科学の技術を用いて、材料開発の効率化を図る分野や技術のことです。マテリアルズ・インフォマティクスによって、⻑期間になりがちな開発サイクルを短縮すること、新材料を発見することなどが期待されています。
マテリアルズ・インフォマティクスにおける代表的な取り組みとしては、下記などがあります。
- ある化合物構造について、物性や特性を予測する
- 物性・特性が目標の値となるような化合物構造や材料組成を生成したり、探索する
従来型開発とマテリアルズ・インフォマティクス型開発との違い
従来型開発とマテリアルズ・インフォマティクス型開発の比較を図1に示します。従来型の材料開発では、主に先行研究や研究者の経験を頼りに材料設計を行っていました。そのため、いくつもの候補材料に対して何度もシミュレーションや実験を行う必要があり、開発に多くの時間が費やされていました。
一方で、マテリアルズ・インフォマティクス型材料開発では、情報科学の技術を用いることによって目標性能を満たす材料を効率的に探索します。これによって、開発期間を大幅に短縮できるのです。
図1. 従来型開発とマテリアルズ・インフォマティクス型開発の比較
2.マテリアルズ・インフォマティクス発展の背景
マテリアルズ・インフォマティクスが発展した背景を2つ紹介します。
社会環境の変化
モビリティの進化や5Gの進展など我々を取り巻く環境が大きく変化しています。これらの加速に向けた新材料の開発ニーズが高まりつつあり、産業界での開発競争が激化しています。
情報科学の発展
まず、コンピュータ技術の発展により大規模で高速なデータ分析が可能になりました。また、 データ蓄積技術の発展によりビッグデータを蓄積できるようになったり、人工知能(AI)技術の発展によりデータから学習するということが可能になるなど、さまざまな情報科学の発展があります。
3.マテリアルズ・インフォマティクスの歴史
社会環境の変化や情報科学の発展に伴い、マテリアルズ・インフォマティクスの重要性が高まりました。例えば、モビリティの進化や5Gの浸透により新材料の開発ニーズが増加していることなどが挙げられます。
ここでは、マテリアルズ・インフォマティクスの発展の歴史をみていきます。
世界各国の歴史
2011年にアメリカのオバマ元大統領が「Materials Genome Initiative (MGI)」を発表したことを機に、世界各国でマテリアルズ・インフォマティクスへの取り組みが加速しました。
年 | 国 | 歴史 |
---|---|---|
2011 | アメリカ | オバマ元大統領がMaterials Genome Initiative(MGI)を発表。 「材料研究文化の変革」、「実験、コンピュータによる計算、理論の一体化」 「デジタルデータへのアクセス」「材料関連人材育成」に注力し、2012〜2016年の5年間で5億ドルを投資。 |
2014 | スイス | Materials Revolution Computational Design and Discovery of Novel Materials(MARVEL)を開始。 |
2015 | EU | Novel Materials Discovery(NOMAD)を開始。 |
2015 | 韓国 | Creative Materials Discovery Projectを10年計画で立ち上げ。 |
2015 | 中国 | 中国製造2025を発表。10の重点分野の中に新素材を開発。 |
日本における歴史
日本ではまず、2014年にSIP「マテリアルズ・インテグレーション」が開始されました。
「革新的構造材料」 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)|科学技術振興機構では、マテリアルズ・インテグレーションを以下のように定義しています。
マテリアルズ・インテグレーションとは、材料科学の成果を活用するとともに、理論、実験、解析、シミュレーション、データベースなどの全ての科学技術を融合して材料の研究開発を工学的な視点に立ち支援することを目指す総合的な材料技術ツール
2015年、JSTイノベーションハブ構築支援事業「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ」が開始され、続く2016年にはNEDO「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト(超超プロジェクト)」がスタートしました。
さらに、2018年は SIP 第2期「統合型材料開発システムによるマテリアル革命」が発足し、マテリアルズ・インフォマティクスにおけるグローバル競争力をより強化するための取り組みが実施されています。
4.マテリアルズ・インフォマティクスの研究事例
マテリアルズ・インフォマティクスを使った最近の研究事例として、ここでは科学技術振興機構(JST)による決定木を用いたスピン熱電材料開発をご紹介します。
スピン熱電材料とは、スピン(磁石)の力を使った熱電材料のことを言います。このスピン熱電材料は、結晶構造がとても複雑であり、物理化学的な性質が明らかになっていません。そこで、この課題を解決するために、機械学習が用いられました。用いられた機械学習手法は、決定木です。決定木によって、結晶格子ミスマッチ、希土類元素の分子量、スピン磁気モーメント、軌道磁気モーメントから熱起電力を予測するモデルを構築しました。
図2に決定木による予測結果を示します。この予測結果から次の3つのことが明らかとなりました。
- SR(スピン磁気モーメント)が小さいほど熱起電力が大きい
- nR(希土類元素の分子量)が大きいほど熱起電力が大きい
- ∆𝑎(結晶格子ミスマッチ)が小さいほど熱起電力が大きい
図2. 決定木の予測結果
(参考文献[2]より引用)
この研究事例のように、マテリアルズ・インフォマティクスを用いると、化学や物理学ではまだ解明できていない知見を得ることができます。
5.マテリアルズ・インフォマティクスの成功事例
ここでは、マテリアルズ・インフォマティクスの成功事例をいくつか簡単に紹介します。
日本電気株式会社(NEC Corporation)
東北大学材料科学高等研究所と協力し、高性能な熱変換材料の開発に成功
サムスン電子
シミュレーションは全てコンピュータ上で行い、トヨタが5年かかった全固体電池の素材をわずか1年で開発することに成功
旭化成株式会社
人材の育成に力を入れ、数年かかる開発を半年で実施することに成功
東レ株式会社
設計だけでも2、3年の期間がかかる炭素繊維強化プラスチックの開発を大幅に短縮
ENEOS株式会社
独自の予測モデルと合わせて活用することにより、複雑な分子構造を持つ高性能ポリマーに対しても正確な設計を立てることを可能に
上記のように、各メーカー企業でマテリアルズ・インフォマティクスの導入や取り組みが進んでおり、さまざまな成功事例が生まれています。
6.マテリアルズ・インフォマティクスの課題
各国の各素材メーカーで注目が高まり続けているマテリアルズ・インフォマティクスですが、導入時にはいくつかの課題があります。特に現在問題となっている2つの課題について紹介しますので、参考にしてください。
データ基盤の未整備
一つ目は、データ基盤に関する課題です。具体的には、以下のような課題が挙げられます。
- データが紙ベースであり、デジタル化されていない
- データが解析可能な形式に統一されていない
- 失敗データが保存されていない
また、自社保有のデータだけでは解析データとして不十分となる場合もあり、オープンプラットフォームの開設やオープンイノベーションの必要性が高まっているのです。
データ人材の不在
二つ目は、データサイエンティストなど、データを適切に扱える人材の不足です。マテリアルズ・インフォマティクスの分野においては、材料に対する深い理解とデータサイエンスの知見の両方を兼ね備えた人材が求められます。
解決策として、大学の講義プログラムや民間の学習講座の拡充が考えられます。
7.マテリアルズ・インフォマティクスへの取り組み方
マテリアルズ・インフォマティクスへの取り組み方は大きく3つあります。
自社単独で取り組む
自社単体で取り組むメリットは、情報漏洩やセキュリティに関する懸念事が少ないことです。一方で、自社で人的リソースと、大量のデータを保有している必要があり、それらが不足している場合は難しいでしょう。
マテリアルズ・インフォマティクス系のスタートアップ企業と組む
洗練された技術を持つスタートアップ企業と提携すれば、高度な材料開発を高速に行うことが可能です。ただし、スタートアップ企業との間で、成果物に対する知財権で揉めることが多いこと、スタートアップ企業にデータを共有する場合は、情報漏洩リスクが高いことには注意してください。
複数の企業や研究機関と連携する
外部の専門知識とデータを活用するため、開発の負担を軽減できること、マテリアルズ・インフォマティクス分野の技術的進歩の加速に貢献できることがメリットです。デメリットとしては、企業間でデータを共有する場合、情報漏洩のリスクが高いこと、他社との差別化が難しくなることが挙げられます。
8.マテリアルズ・インフォマティクスは材料開発を加速させる技術
モビリティの進化や5Gの進展など我々を取り巻くテクノロジー環境が大きく変化していく中、これらを加速させることができる新材料へのニーズが高まっています。各国の素材メーカーではすでに激しい開発競争が繰り広げられており、これからますますマテリアルズ・インフォマティクスに対しての注目が高まることでしょう。
スキルアップAIでは、「マテリアルズ・インフォマティクス講座」を開講いたしました。本講座では、マテリアルズ・インフォマティクスの現在の動向やマテリアルズ・インフォマティクスでよく用いられる主要な解析手法を学べます。マテリアルズ・インフォマティクスにご興味のある方は、ぜひ受講をご検討ください。
また、毎週水曜日に実践的AI勉強会「スキルアップAIキャンプ」を開催しています。勉強会では、様々な実践的テーマを取り上げ、データ分析・AI開発の実務力アップにつながるヒントをご提供します。講師が参加者の皆さんからの質問や悩みに答えるコーナーもあるので、興味のある方はぜひご参加ください!
9.マテリアルズ・インフォマティクス関連ブログ
マテリアルズ・インフォマティクス ことはじめ -化学構造生成器の紹介-
10.参考文献
- [1] 金子弘昌:Pythonで学ぶ実験計画法入門、講談社(2021)
- [2] Y. Iwasaki et al., Machine-learning guided discovery of a new thermoelectric material, Sci. Rep., 9, 2751 (2019)
【監修】スキルアップAI 取締役CTO 小縣信也
AI指導実績は国内トップクラス。「太陽光発電発電量予測および異常検知」など、多数のAI開発案件を手掛けている。日本ディープラーニング協会主催2018E資格試験 優秀賞受賞、2019#1E資格試験優秀賞受賞。著書「徹底攻略ディープラーニングE資格エンジニア問題集」(インプレス)。
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